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イタリア発のカジュアルブランド・ディーゼル(DIESEL)の歴史

イタリア発のカジュアルブランドであるディーゼルは、日本でも人気があり、ファンの層も幅広いです。

他の有名ブランドと比較すると歴史の浅いディーゼルですが、若いだけあって感性や斬新さがあるブランドです。

今回は、ディーゼルの歴史と、「ディーゼル」というブランド名の由来をご紹介したいと思います。

 

◯ディーゼルの始まり
ディーゼルの始まりは1978年です。

創業者であるレンソォ・ロッソは、織物関係の学校でファッションについて学び、卒業後はデザインの仕事をしていました。

1978年にジーニスグループという団体に加入すると、アドリアノ・ゴールドシュミットという人物とともに、その中のブランドの一つとして、ディーゼルを立ち上げました。

ジーンズなどのカジュアルファッションからスタートしました。

 

◯ディーゼル創成期
1979年、メンズトータルコレクションを発表し、1984年にはキッズライン「DIESELITO」を発表します。

1985年には、DIESEL(ディーゼル)として独立し、1889年にレディースラインを発表すると、男女ともに人気のあるカジュアルブランドとして認められるようになりました。

 

◯世界展開
1991年に、グローバルマーケティング戦略に基づき、広告キャンペーンを展開します。

1994年にプレミアムストリートウェアブランドの「55DSL」を発表すると、ファッション性とスポーツ性を兼ね備えた新感覚商品として大ヒットし、世界展開を進めていきます。

1996年には、ディーゼル旗艦店をニューヨーク、ロンドン、ローマにオープンしました。

 

◯日本への上陸
ディーゼルストアが日本に上陸したのは、1999年のことで、東京と大阪にオープンしました。

2001年には、日本初の旗艦店が東京・原宿にオープンしました。

2006年には、大阪・心斎橋に、2008年には、東京・銀座と、次々に展開しています。

現在もディーゼルは、世界中に大きくシェアを広げています。

 

◯ブランド名「ディーゼル」の由来
ブランド名の由来ですが、世界中で発音しやすく、覚えやすいというのが理由の一つだそうです。

また、当時新たなエネルギーとして注目されていたディーゼル燃料のような力を発揮して世の中に力を与えたいという願いも込められていました。

 

-まとめ-
いかがでしたか?

ディーゼルは、バッグや財布・時計などの人気アイテムの高級感のみならず、カジュアルブランドから始まったというディーゼルらしいカジュアルさも兼ね備えています。

オージョワ オンラインブティックでも、ディーゼルの商品を取り扱っておりますので、ぜひご覧になってください。

挫折から這い上がった創業者。ポール・スミスの歴史とは?

ポール・スミスは、日本でも人気のブランドです。

洋服だけでなく、財布やバッグなどの雑貨も広く扱っているので、ポール・スミスのアイテムを一つは持っている、という方も多いのではないでしょうか。

今回は、ポール・スミスのブランドの歴史をご紹介したいと思います。

 

◯ポール・スミスの始まり
創業者であるポール・スミスは、1946年にイギリスのノッティンガムに生まれました。

彼は15歳の時に、学校を自主退学してレーサーを目指すのですが、事故に逢って重傷を負い、レーサーの道を断念します。17歳の時にアートスクールの学生たちと仲良くなり、アートに興味を持ちます。

アートに関わる仕事の仲介役になろう、という意思から、シャツの工場を探したり、生産に関わったりと、実際にファッションの仕事を体験します。

その後、24歳のときにポール・スミス・リミテッドを設立し、ノッティンガムにお店をオープンしたのが始まりです。

 

◯事業拡大
デザインとビジネスを4年間で実際の仕事の中から学び、1976年に初めてコレクションを開催します。

モデルは友人を集め、会場用の椅子はポールが近所を駆け回ってそろえ、自分の家から持ってきたステレオで音楽を流すという手作りのショーでしたが、大成功を収めます。

 

これを機に、ポール・スミスの名が一気に広がり、事業が拡大していきます。

1979年に念願のロンドン市内に店舗を出店すると、その後も日本、ニューヨーク、パリと世界中に店舗をオープンしていきました。
1991年には英国産業デザイナー賞を受賞し、1998年にはFIFAワールドカップフランス大会イングランド代表チームの公式スーツを手がけました。

 

◯夢や仕事に一生懸命な人柄
ポール・スミスが大切にしている考えに”The job changes you, you don’t change the job.”(仕事によってあなたは変わることもあるが、あなたが仕事を変えることはできない。)があります。自分のやりたいことをやるという信条を決して崩すことなく、努力を重ねてきた彼の言葉です。

 

彼が生み出してきたモノだけでなく、彼の生き方そのものにも、学ぶべき部分がたくさんあります。

世界にはデザイナーが多すぎると指摘し、その中で企業から雇われ自分のデザインを選んでもらうには個性が必要であり、カリスマとも言える自分のキャラやデザインを前面に出していくことが重要であると力強く語っています。

 

-まとめ-
いかがでしたか?今回は、世界的に有名なブランド、ポール・スミスの歴史や人柄についてご紹介しました。

ブランドの歴史や、創業者の思想を知ることで、さらにそのブランドが好きになるのではないでしょうか。

オージョワ オンラインブティックでも、ポール・スミスの商品を取り扱っておりますので、ぜひご覧になってください。

「億万長者になりたい」から始まった、ラルフローレン(Ralph Lauren)の歴史

ラルフローレンは、アメリカを代表するファッションブランドです。

ポロシャツが有名ですが、ラルフローレンは今や、紳士服から婦人服、子供服、バッグ、シューズ、時計、化粧品、インテリア、さらにはレストランやリゾートホテルまでを展開しています。

今回は、ラルフローレンの歴史をご紹介したいと思います。

 

◯「ミリオネア(富豪)になりたい」から始まった
創業者のラルフローレンは、1939年にニューヨークのブロンクスに誕生しました。

両親はユダヤ系の移民で、母親は主婦、父親は塗装会社に勤めており、裕福と言える家庭ではありませんでした。

高校の卒業文集の将来の夢の各項目に、友人たちが、科学者になりたい、医者になりたいなどと綴っていた中で、彼は一言「ミリオネア(富豪)」とだけ記しました。

 

◯POLOの立ち上げまでの道のり
高校卒業後、ニューヨーク市立大学の夜間部に通うことになりますが、落ちこぼれて中退します。

それから兵役についたのち、手袋メーカーの配送係、ネクタイメーカーの営業などを転々とした後、あちこちの有名ファッション会社に自分を売り込みます。

それはことごとく失敗するのですが、あるネクタイメーカーの社長に目をつけられ、そのバックアップのもと、自身のブランド「POLO」を立ち上げます。

 

◯POLOビジネスの成長

ネクタイブランド「POLO」が話題を集めてからは、彼のビジネスはどんどん加速していきます。

紳士服、婦人服へと次々と進出していき、香水、インテリアに至るまでビジネスフィールドを拡大していきました。

1970年当時、デザイナーは職人的にデザインを手がけるのが当然で、彼のようにマーケティング的思想を持っている人は少なかったのです。

 

◯ラルフローレンが「アメリカらしさ」を作る
2008年の北京五輪、2010年のバンクーバー五輪、2012年のロンドン五輪、2014年のソチ五輪と、4大会連続でアメリカ代表チームのユニフォームを担当しました。

ラルフローレンはもはや、アメリカの象徴です。イギリスの伝統的なスタイルをアメリカ流にアレンジした
スタイル「アメリカントラディショナル」そのもので、彼が幼少期に憧れた、アメリカの豊かで理想的な上流階級のスタイルです。

 

-まとめ-
いかがでしたか?創業者ラルフローレンは、他のブランドの創業者との異なり、通常のデザイナーではなく、広告やイメージ戦略など、ブランドを管理するプロデューサー的な役割を担っているのが、特殊です。

オージョワ オンラインブティックでも、ラルフローレンの商品を取り扱っておりますので、ぜひご覧になってください。

多くの海外セレブが愛するセリーヌの歴史に迫る!

みなさんこんにちは。フランスのパリで生まれたセリーヌをご存知でしょうか。

今や多くのセレブ達を顧客に持つ超一流ブランドの一つです。セリーヌのコレクションのこだわりは、女性の品格向上と使い勝手を研究したデザインとなっており、「女性らしくありつつも自立していてアクティブな女性像」というブランドコンセプトに基づいて、世界にセリーヌならではのトレンドを発信し続けています。

 

そこで今回はそんなセリーヌのブランドの歴史とその魅力を紐解いていきます。

 

■セリーヌの創業者
創業者であるセリーヌ・ヴィピアナが、1945年に夫のリチャードが自分の子どもたちのためにパリに開いたオーダメードの革製子供靴専門店を開いたことから、セリーヌというブランドが始まりました。パリの靴職人の技術を生かし、丁寧に製造された靴は瞬く間に上流階級を中心に広まり人気を集め、セリーヌはハイブランドとしての道を歩み始めました。

 

■セリーヌ製品の魅力
セリーヌの手掛けた革靴はデザインに優れているだけではなく、医学的観点からも計算された安全性の高い靴であり、最高級の皮革を一流の職人によって作り上げるという強いこだわりがありました。1959年からは、多くの子を持つ婦人たちの要望もあって、婦人靴の分野にも拡大することになりました。

 

婦人靴を作り始めてすぐ、馬具である轡(くつわ)型の金具のついた婦人用モカシン「インカ」が大ヒットしたのです。1960年代以降はバッグやスカーフ、香水なども取り扱うようになり、特に馬車の柄とバックルをあしらったサルキーバッグが人気商品になりました。

 

■停滞期を乗り越えて
しかし、主に上流階級をターゲットとしてきたマーケティング戦略では、時代が経つにつれ業績は低下しブランドの勢いは鈍化、一時は経営が危ぶまれたセリーヌでしたが、フィナンシエ-ル・アガッシュ社という企業グループに買収され、ナン・ルジェがセリーヌの再建に尽力し、1996年にニューヨークで活躍していたマイケル・コースをチーフデザイナーとして迎え入れました。

 

■救世主マイケルコース!
マイケルコースをセリーヌに迎え入れたことで、彼のもたらすスポーティスタイルが多くの人々から好評を得て、セリーヌは再度輝きを取り戻すことに成功しました。彼によってセリーヌの売り上げはわずか数年間で倍増させたと言われています。そして現在はクロエのチーフデザイナーを務めた経験のあるフィビー・ファィロがクリエイティブディレクターとして起用されました。

 

今やセリーヌのアイコンバッグとなった「ラゲージ」や「カバ」といったアイテムは、世界のセレブを虜にし、憧れのハイブランドとしての地位を築き上げました。しかし、シンプルな中にも洗練された美しいフォルム、シルエットや細部に至るディテールまでこだわりを貫いているのは今も昔も変わらないようです。

 

いかがでしたか。現在では幅広くコレクションを手掛け、男女問わず愛され続けています。それはきっと、セリーヌのこだわり抜いた素材と技術がこのように反映されているのでしょう。是非一度セリーヌのアイテムを手に入れてみてはいかがでしょうか?

女子の憧れ!レッドソールがトレードマークのクリスチャンルブタンの歴史に迫る!

みなさんこんにちは。クリスチャンルブタンの代名詞と言えば、真っ赤なソールに12cmを超えるハイヒールではないでしょうか?エレガントでセクシー、その洗練されたデザインは数多くのセレブ達を魅了し続けてきました。

 

今ではマドンナやサラジェシカパーカーなど、大物女優たちを顧客に持つ高級靴ブランドとして確立しました。女子にとって人生に一度は履いてみたいルブタン。今回はそんな、クリスチャンルブタンの誕生から現在に至るまでの歴史についてご紹介したいと思います。

 

■クリスチャン・ルブタンの生い立ち
デザイナーのクリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)は、キャビネットメーカーに勤める父と専業主婦の母のもと、1964年パリの労働者階級地区で生まれました。幼少期はほとんど父親と関わることなく、3人の姉妹と母で過ごすことが多かったそうです。その過程でルブタンに女性的な感性が生まれ、後のデザインのインスピレーションになったと彼は語っています。

 

幼い頃からナイトクラブに出入りし、そこでショーのダンサーなどを見てファッション、特に靴に興味を持つようになりました。すでに10代の頃からあらゆる靴のデザインを描いていたそうです。その後は、シャネル、エルメス、イヴ・サンローラン、クリスチャン・ディオール等の有名高級ブランドで靴の製作に携わりました。

 

■ブランドの設立と展開
1992年、多くの経験を積んだ彼はついに「クリスチャン・ルブタン」という自身の名を冠したブランドをオープンします。ここから彼の快進撃が始まります。最初の顧客はモロッコのカロリーナ妃だったそうで、もうここからでも驚きです。カロリーナ妃がクリスチャンルブタンを雑誌で大絶賛をしたことで、これがルブタンを世に知らしめる大きな宣伝効果となり、マドンナやニコール・キッドマンなどの有名女優たちからのクライアントがひっきりなしに続きました。

 

そして1993年に、偶然ルブタンのアシスタントが真っ赤なマニキュアを塗っていたところを見かけ、すぐに靴の裏地に赤を塗ることに決め、現在のルブタンのトレードマークである「レッドソール」が誕生しました。

 

彼は、ファッションのインスピレーションの一つに「オリエント」の文化を上げています。ウズベギスタンからヨルダンまで旅をし、そこでの中東の文化には大きく影響を受けたと語っています。

 

彼がデザインする靴は多くの女性を虜にし、現在ではパリ、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスなどに直営ブティックを展開し、日本ではいくつかのセレクトショップを中心に販売されています。

 

ほとんどのブランドが世紀をまたいでハイブランドとしての地位を確立しているのにも関わらず、クリスチャンルブタンはわずか20年でここまでの大成功を収めてきました。是非人生に一度は若き天才が生んだ、その洗練されたクリスチャンルブタンの靴を手に入れてみてはいかがでしょうか?

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