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「BURBERRY(バーバリー)」の躍進と日本での展開

前回の記事ではバーバリーの設立から、現在の地位に至るまでの過程と歴史的革新についてご紹介しました。
今回は、1900年以降近年のバーバリーの活躍や、意外と深い日本との関わりについてご説明します。

・名誉ある「バーバリー」として、ブランドの拡大
丈夫で機能性が優れる革新的な「ギャベジン」の発明を足がかりにバーバリーは広く知られる様になりました。
1891年には強く望まれてロンドンに店舗を伸ばし、1900年には現在の本社でもあるヘイマーケットへと拠点を移します。
「バーバリー」というブランドが大きな市民権を得て、それに応えるために現在も使われている馬にまたがる鎧騎士のシンボルマークもこの頃から使われるようになりました。

前回の記事でもご説明したように、軍服として採用されたり、極地探検などの装備として広く使われ、南極点到達など歴史的偉業の影にバーバリーありとまで言わしめる存在にまで成長します。現在のバーバリーの代名詞でもあるトレンチコートもここから始まりました。

その躍進はイギリス王室にまで届き、1919年に非常に名誉のある「英国王室御用達(ロイヤル・ワラント)」を授かります。
バーバリーはその後も1955年、1989年に計3回のロイヤル・ワラントを授かります。バーバリーの躍進が長く続いたことの証明ですね。

・ファッションシーンでのバーバリーの躍進
現在も有名な「バーバリーチェック」がデザインとして売り出されたのは1920年頃からでした。
コートの裏地としてあの有名なチェック模様が使われていたのですが、勢いに乗るバーバリーはこれを「バーバリーチェック」として宣伝したのです。
これが後に一大ブームとなり、現在に至るまでの人気デザインとなりました。

このバーバリーチェックのトレンチコートは、あの名女優オードリー・ヘプバーンも「ティファニーで朝食を」などの劇中で着用し、ちらりと見えるチェック模様を確認することができます。

バーバリーチェックはあくまで裏地のデザインとして使われていたのですが、1960年頃パリのファッションショーや、東京オリンピックでイギリスの代表選手が身に着け一層の注目を浴びたことを機に、バーバリーチェックを前面に押し出した作品が世に登場し始めました。

・日本での「バーバリー」の広がり
日本においてバーバリーが人気となりだしたのも、東京オリンピックの頃でした。
それ以前もインポート商品としてバーバリーのコートは日本にも上陸していましたが、三陽商会がコートの輸入販売を始め、数年後には日本人の体格などに合わせたライセンス製造を行い始めます。
しかし、商品の重厚感や高級なイメージから若年層にはあまり販売の足は伸びなかったそうです。
そういった背景もあり、1990年代後半には20~30代をターゲットとした日本独自レーベルの「バーバリー・ブルーレーベル」と「バーバリー・ブラックレーベル」が設立されました。
これがフォーマルからカジュアルまで楽しめるということで、日本においてのバーバリーの地位を築くことに成功します。

2015年でこれら2つのレーベルの契約は切れてしまいましたが、新たなレーベルとして「クレストブリッジ」が設立され日本でもより一層の活躍が期待されています。

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