ブログ

フランス一の職人を排出!クリスタルのバカラの伝統と歴史

『バカラ』という単語を聞けば、どんなに疎くても“あの”バカラをイメージされる方、多いのではないでしょうか。

クリスタルガラスの名門として世界中に名をとどろかせているバカラですが、その歴史については知らない方も多くいらっしゃいます。

 

なぜ、世界に名を知られるようになったのでしょう。
どのようにして、クリスタルガラスの品質を保ち続けているのでしょうか。

今回は、そんなバカラの歴史について、ご紹介します。


■フランス・ロレーヌ地方から始まった『バカラ』

1764年、度重なる戦争のため、フランスの国力は衰え、経済的にも厳しい状態が続いていました。

そんな中、どうにかローレヌを復興させ経済的に賑わう場所にしようと考えたのが、地方統主のモンモラシー・ラバルです。

 

この方はロレーヌを救う経済発展のため、ガラス工場を作ろうと思い立ち、ルイ15世にガラス工場の設立を認めてもらえるよう、請願しました。

 

ルイ15世はこれを認め、ロレーヌ地方のバカラ村に、ガラス工場が建設されることになったのです。
勿論、ブランドとしての『バカラ』の名前は、この村からとられています。

 

窓ガラスや鏡などの一般的なガラスを生産した後、1816年頃、ついにバカラを代表する、クリスタルガラスの生産が始まりました。


■長く愛されるクリスタルガラスの『アルクール』

1823年にルイ18世がバカラのグラスセットを注文して以降、バカラはヨーロッパの貴族たちから広く愛されるようになります。

 

1841年には、アルクール侯爵家にクリスタルガラス納められ、これが現在まで続くバカラの代名詞、『アルクール』シリーズとなったのです。

 

特徴的なアーチ型のフラットカットは、まるで水晶を連想させる重厚感があり、なめらかに輝きます。
19世紀のパリ万国博覧会において2度のグランプリを獲得し、フランス人が最も愛するデザインとまで謳われるアルクール。

 

1917年には、ローマ法王ベネディクト15世により、バチカンで使用されるグラスにも選定されているのです。


■バカラを支え続ける職人たち

このようなバカラの根強い人気は、ひとえにクリスタルガラスを手掛ける職人たちの努力の結晶とも言えるでしょう。

 

美しいクリスタルガラスを自在に操れるようになるまで、職人には15年もの歳月が必要だそうです。
その職人が作った製造された商品のうち、3~4割が廃棄されるほどの厳しい審査基準は、バカラへの信頼を支えています。

 

M.O.F.(フランス最優秀職人)を、どのジュエリーブランドよりも多く輩出するバカラは、まさにフランスを代表するジュエリーブランドなのです。


バカラの長い歴史について知ると、クリスタルグラスの輝きが、より魅力的に見えますね。
過去の貴族たちも虜にしたバカラのグラス、お持ちの方は、ぜひその歴史の美しさを、楽しんでみてはいかがでしょうか。

  • MEDIA
  • CORDINATE
  • Q&A
  • VOICE
  • LINK
ページトップへ戻る