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モードの神童とよばれたジバンシィの歴史に迫る!

みなさんこんにちは。フランス生まれのジバンシィというブランドをご存知でしょうか。ジバンシィは、斬新なアイデアとシャープな感性が絶賛され、ファッション界に旋風を起こし、「モードの神童」と呼ばれるようになりました。

貴族的な洗練さに、カジュアルとシックを融合させたデザインは、グレース王妃やオードリーヘップバーンなど、数々のセレブ女優たちを魅了しました。今回はそんな斬新かつ革新的なジバンシィの歴史に迫っていきたいと思います。

 

■ジバンシィの創業者
創業者であるユベール・ジャム・タファン・ド・ジバンシィは、1927年フランスのプロテスタントの貴族の家庭に生まれ、父親は公爵の爵位を持ち、母方の祖父は有名な芸術家でした。

彼が2歳の頃、父親病気で亡くなり、母親と祖父母によって育てられました。彼の母親やいとこ、叔父、叔母も音楽や絵画の才能に恵まれた芸術家一族でした。そのような芸術の才能に恵まれた環境がジバンシィの感性に大きな影響を与えたと思われます。

 

■ジバンシィがブランドを立ち上げるまで
ファッションの道を志したジバンシィは、当時パリで人気が高かったジャック・ファスのメゾンに自信のスケッチを持ち込み、その場で契約を勝ち取り、ファッション業界の道を正式に歩み始めました。

その後も、ロベール・ピゲ、リュシアン・ルロン、エルザ・スキャパレリのもとで働き多くのことを学んでいきました。そしてついに1952年、自身のブランド「ジバンシィ」を設立しました。

 

■「モードの神童」と呼ばれる
彼の初めてのコレクションでは、ラッフル袖の「ベッティーナ・ブラウス」は大きな話題を呼び、彼の才能がファッション界に高く評価され、「モードの神童」と呼ばれるようになりました。

その2年後、ジバンシィはオードリーヘップバーンが主演を務めた映画「麗しのサブリナ」の衣装を手掛け、また「ティファニーで朝食を」や「おしゃれ泥棒」などでもオードリーに衣装を提供しました。

彼の「自由」で体のラインを強調しないスタイルはファッション業界に大きな旋風を起こしました。1955年に発表したウエストもヒップもないシュミードレスが「革命的な衣装」として反響を呼び、彼はデザイナーとして数々の名誉ある賞が授与されました。

 

■新たなジバンシィへ
しかし、彼は1995年のコレクションで白いコートを着て別れを告げ、ジバンシィというデザイナーの伝説に幕を閉じました。彼の後任にはジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーン、ジュリアン・マクドナルド、リカルド・ティッシなどのファッション界の天才たちが名を連ねています。

 

現在はクレア・ワイと・ケラーがジバンシィのオートクチュール部門と女性/男性向けプレタポルテ部門のアーティスティック・ディレクターに就任し、クレア率いる新しいジバンシィに世界が注目しています。

 

いかがでしたか。当時のファッションの概念を打ち破る彼のデザインは、世界中の女優たちが注目しました。変化し続ける女性のライフスタイルに合う、革新的且つエレガンスなデザインは、まさにジバンシィならではなのでしょう。ぜひこれを機に、ジバンシィのアイテムを手に入れてみてはいかがでしょうか?

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